たくさんの生徒に囲まれていると、中には、どこかで会ったことがあるなぁ、
と思うことが、たびたびある。
まったく同じ顔で、同じ苗字の女の子に、
「お姉ちゃん、居るでしょ」
と聞いたら、その子は一人っ子で、
「ああ、親戚か。あんたとそっくりの子がいるでしょ、ほら、この間卒業した」
と言ったら、
「私の親戚で、この学校に入った人、いません」
と、言われたことがある。
そんなことネーよ。ゼッテー親戚だよ。
はとこ位になると、自分も会ったことがないからなぁ。
けっこうしつこい自分に気づく。
いま、授業で受け持っている、ある3年生の女の子に、見覚えがあった。
時々、質問に来る。
そのたびに、僕は、なぜかぎこちなくなる。いい齢をして。
すっごい美人なわけでもない。
遠い記憶の中から掘り出してみる。
ある。
中学から大学にかけての「遠距離片思い」の記憶。
どーでもいいような、断片のような・・・・・
しかし当時は、胸が張り裂けるほどの問題なのだった。
一度だけ、誕生日に手紙を書いて、絵本を贈った。
僕はかなり消極的なほう。
返事はなかった。
どんな風に受け取られたのかな?
返事が来なかった理由を、暗ーく考えこんだ。
自己嫌悪におちいる。
悲しさのあまり、東京方面へ向かう船の甲板で、飛び降りよう、と思った。
まだ生きているけど。
月明かりで、スクリューの跡が、青白く光っているのを憶えている。
時は過ぎ、彼女もお母さんになって、高校生くらいの子がいても
おかしくない年代がきた。
ただ、今も怖くて、彼女に、お母さんの名前が聞けない。
怖がりは治らないが、どうしてあのとき、返事が来なかったのか、
想像できるトシになった。
「ありがとう」って、書きたかったはずなのさ。
でも、僕が喜ぶような答えを書くことができなかった。
それだけなんだよ。
授業のとき、その女の子と目が合う。
けっこう、普通の女の子だったんだよな。
たくさんの悩みをもった、普通の女の子。
今日も質問に来た。
普通に、問題文の読み飛ばしだった。
大事なところをマルで囲んでおくだけで、グンと上がるよ。
かなりセンスあるから。
褒め称えて帰した。
匂いまで、一緒のような気がする。
変態かよ。こんな奴、先生にしておいて、いいの?
「お母さんの名前なんていうの?」
そんなわけで、訊けるわけないのです。