恋愛の方程式

気になる封筒

郵便局のお姉さんの続きです
結局、僕は、その郵便局に、不自然でない程度に、
足しげく、通いました。
ところで、一般人が郵便局に行く用事って、あまりないんですよね。
切手を一度買ってしまうと、ポストに出せばいいので、
わざわざ出向く必要がない。
ところが、困ったときには用事というものはできるものです。
たまたま会員になっていた、ある団体の会員期限が切れていて、
その継続の手続きが難しかったので、それだけで3回通えました。
とってもうれしかった。
それから、以前に泊まったことのあるユースホステルで、
長逗留をしている泊り客が写真を欲しがっていたので、
貯めてあった写真を、2回に分けて送りました。
あとで考え直してみると、この時点で僕自身が、旅行好きで、
コミュニケーションが好きなことをアピール出来たのかなと、
思ったりします。
しかし、カウンターには、いつも彼女がいるとは限りませんでした。
休みの日もあれば、交代で他の業務をしていることもあります。
「ああ、今日は、はずれだった」
そんな気持ち、顔に出ちゃいますよね。
「以心伝心」という言葉がありますが、
僕の場合、「顔に書いてある」とよく言われます。
僕は、半ばやけくそで、こう決意しました。
「この職場の人たちに全員に、僕の性格を知ってもらおう」
これまでの失恋の経験から導き出した結論でした。
そうしないと、なにも進展しない。
窓口が他の女性のときにも、ゆうパックの宅配セットを頼んだりしたので、
しばらくの間、寒干しラーメンとか、レトルトカレーが自宅にあふれました。
僕は次第に、その郵便局の中で、お得意さんに近づいてきました。
みんなが、僕の貯金通帳の中身を知っているという状態。
金融機関でもあるので、恐ろしいところです。
年頃と思われる女性従業員は、他にも何人かいます。
そのなかで、カウンター越しに、彼女だけを射止めるには、
何か方法はないものか?
僕は、ひとつのマーケティングの方法を、取り入れました。
ダイレクトメールを、手渡すことにしたのです。
ここで言うダイレクトメールというのは、
よく企業などから送りつけられてくる、宣伝用の手紙のことです。
世間では、「開封率」という言葉があり、「開封率20%」というと
、80%の人が、中身を確かめずに捨ててしまうということになります。
実際に相手を直接知っている場合に、中身を読んでもらえない、
ということは、よほどの事情がない限りありえないことですが。
手紙を手渡しても、開かれずに捨てられてしまったら、ショックですよね。
ところが、「開封率」を100%に限りなく近づける方法があります。
その会社自体には何の興味もないのに、その封筒をあけるとき、
誰もが、ワクワクしてしまう方法。
僕も以前、受け取ったことがあり、中身が気になって、つい開けてしまいました。
その、「ある方法」とは?


封筒の中に、さいころがひとつ入っていたんです。
封筒が、妙にもこもこして、気になって仕方がない。
そうだ、あの方法を使おう!
そう思いついたとき、僕自身が、わくわくしました。
彼女がその封筒をもらうときに、ワクワクしてくれるかもしれない。
そう思うだけで、モチベーションが上がって来ました。
今度こそ、行ける。
僕は仕事がら、封筒に入りそうな小物を、かなり所有しています。
何かの賞品として振る舞うために、集めておいたものでした。
手に持つと色が変わるボールペン、フレネルレンズのついたしおり、
紙で出来た3-Dめがねや、虹色に見えるめがね、水に入れると
膨らむ水晶の結晶、手で触れても壊れないシャボン玉・・・・
そういうくだらないものを、たくさん持っています。
僕は、旅行に行くたびに、安物のお土産をいくつも買って、
余らせていました。
100円ショップや、バラエティショップで買ったものもあります。
そう言ったものをひとつずつ、封筒に入れて、説明書も書いて、
彼女が担当のときだけ、こっそり渡すことにしました。
これまでにも、何人か、意中の人に、あげています。
まずは、評判のよかったボールペンで始めようと思いました。
封筒に入れて、その説明だけを書いて、
彼女が担当のときこっそり渡しました。
初めて手渡したとき、彼女は困ったようにしていました。
「説明だけ」と書きましたが、実際は、手紙です。
「サイトウさん(仮)。こんにちは。
記念切手を買うときに、いろいろアドバイスをくれて、ありがとう。
サイトウさんの笑顔と動物の切手に癒されました。
お礼に、僕の宝物をあげます。
宝物といっても、ずいぶん前に買って、忘れていたものなので、
気にしないでくださいね。
このボールペンは、手に取ってみると分かりますが、
体温で色が変わる液晶が塗ってあります。
温度が高いほど色が赤くなるので、僕が持ったら、
真っ赤になりますよ。
もし、気に入らなかったら、近所の子どもにでもあげてください。
また、用事のあるときに、伺います。
それでは。
動物切手ファンになってしまった、いちご(仮)より」
連絡先を、うっかり書き忘れていました。
なので本当に、説明しか書いていなかった。
2度目に渡したのは、フレネルレンズのついた、しおりでした。
忘れたと思われたくなかったので、今度も連絡先は、
書きませんでした。
このとき彼女は、またなの?という感じで、封筒を脇に寄せてしまいました。
僕は、その日一日、魂が抜かれたように、放心状態になりました。
しおりなので、厚みがないからかな?なんて、思ったりしたけど、
だいたい、物で釣ろうなんて、サカナじゃないんだから。
絶望の淵に追いやられ、かなり真剣に悩みました。
3度目、彼女は、最初からニコニコしていました。
ただ、手渡したときは、困った人だなーという表情をしています。
封筒の中は、厚さ1センチほどのシャボン玉の瓶。
かなり、気になっていた、ような気がします。
今度の説明書には、メールアドレスと、電話番号を書いておきました。
ちょうど一週間後の日曜日に、職場で、一般公開のイベントがあったので、
見に来てくださいとだけ、書いて。
なんと彼女は、メールではなく、電話をくれました。
「いつもお世話になっています。郵便局のサイトウ(仮)です。いちご(仮)さんですか?」
「あ、そうです。うれしい。電話してくれてありがとう」
「こちらこそ、いつも、郵便局をご利用いただいて、ありがとうございます」
「この電話、自宅からですか?」
「ええ、そうです」
「驚いた。まだ仕事中かと思いました。」
その後、ボールペンの話から始まって、15分くらいは話ができたでしょうか。
話の中身はボールペンのことしか覚えていませんが、
一般公開のイベントについては、用事があるため、
「ごめんなさい」ということでした。
その言葉が、妙に、重たく感じたので、
話の流れをつかみ損ねて、そのままなんの約束もしないで切ってしまいました。
まさか、このまま引き下がってしまう奴なんて、居ないですよね。
ここで、急展開させてしまう人と、それが出来ない人に別れると思います。
僕はどちらだったか。
このあたりは、ナゾのままにしておこうと思います。