HAL(春)物語

HAL(春)物語

学生時代のアルバイト先でのできごとです。
僕は、そのアルバイトを前の年の夏休みに始めて、仕事もかなり覚えた、4月のこと。
新入社員が3人入った。
女の子ばかり。2人は二十歳で、僕と同じ歳。
そのうちの一人は、お金持ちのお嬢さん。
「天然系美女」としておけば、本人も怒るまい。
美人なのに、天然ボケが半端でなく、余計に人気があった。
缶コーヒーの「ジョージア」の発音が変だった。
「ジ」のところにアクセントを置くので、「十字屋」みたいな発音になる。
「これって、アメリカのどこかの風景だよね、どこなんだろ」
質問したのは、彼女に好意をよせていた社員。
彼も、発音には、気づいていた。
「ジョージア州?」
彼女は、普通の発音で答えた・・・・。
「この缶コーヒー、みんな大好きだよね」
缶コーヒーの名前は?
「私も。だいたい、これしか買わないんです。ジョーア」
彼女は真顔で、缶の絵を見つめる。
缶コーヒー「十字屋」・・・・。
彼女の好物・・・・
彼女の、あどけない顔を見ると、だれも指摘できなかった。
不思議の国の住人だ。
もう一人の20歳は、体育会系。
同じ短大だけど、こっちは普通の人。
とても気さくで、よく話をしたので、いまもこの子の顔を思い出せる。
ほんの少し色黒で、カンロクがある。
他の二人の情報は、この子に教えてもらった。
とても面倒見のいい、よく気がつく、優しい体育会系だった。
あまり美人ではない、と、本人は、思っていたが、それは誤解。
僕がその誤解を、解いてあげられなかったのを、今も、後悔している。
その後、この子とそっくりなアイドルが出て、キュンとなった。
この子の、あたたかいハスキーな声が、まだ耳に残っている。
もう一人は、薬学部を出たばかりの、23歳。
僕の、3つ上の姉より、ひとつ年上。
この人も、美人ではない、と思っている。
いちばん背が小さく、いちばん頭が良かった。
6月に、薬剤師の資格をとった。
他の2人と比べたら、長所は、知恵があるところだった。
薬学部で鍛えられただけのことはある。
彼女の知恵とは・・・・・・・
制服の、「胸の谷間」をめだたせる達人だった。
制服だから、普通は、「胸の谷間」が見えるはずがない。
背が低いのを逆手にとったのだ。
近くに寄ると、つい、見おろしてしまう。
最初は、顔を見下ろしてるつもりなんだけど、
別に、ブラウスの中に、興味が、ないわけじゃないんだけど、
「結果として」、見えちゃうの・・・。
だから、若いアルバイト仲間は、その「薬剤師」を、恐れた。
身体に異変が起きて、歩行不能になるからである。
でも、「恐れもの知らず」は、けっこういたことを付け加えておこう。
「天然系美女」「体育会系」「エロ薬剤師」
その3人女に対し、僕はというと、ただのがんばる学生。
似ているものに例えるとしたら、ヒヨコ、うさぎ・・・。
その会社でつけられたあだ名が、「こけし」だった。
「こけし」って何?
一応ことわっておくが、その会社以外で、そう呼ばれたことはない。
かなり激しく抵抗したが、笑い飛ばされた。
上司からは「こけし!これから花王にいくぞ」などと呼び捨てにされ、
その3人女からも、本名で呼ばれることはなかったのだ。
「こけしちゃん」
なのである。
そのあだ名をつけたのは、「エロ薬剤師」だった。
僕は消極的な性格だったが、その3人にいじり倒されるうちに、
身内と化した。
会社の込み合った端末に向かって、プログラムの修正をしていると、
隣には、3人女の中の、誰かが必ずいた。
3人にとって、僕は、からかいやすい弟だった。
僕は、生活が掛かっていたので、学校よりその会社にいる方が長かった。
時給ではなく、歩合制。
プログラムの本数を上げれば、それがお金になる。
会社に泊まりこむのはざらだった。
もっと速いコンピューターのある、親会社にさえ泊り込むこともあった。
学校→会社→泊り込み→学校と、稼ぐだけ稼いだが、すべて生活費と、学費に消えた。
親からの、仕送りは無い。
というか、まだ下に弟と妹がいるので、仕送りを断った。
兄や姉の学費の捻出に、親が苦労しているのを見てしまったから。
お金もなかったが、自信もない男だった。
秋になり、僕は、21歳になった。
3人女の、『姉』としてのカンロクは、増していた。
ただ、ひとつだけ変化があった。
3人女の1人が、僕の隣に必ず、陣取るようになってしまったのだった。
つづく
ラポール